令和2年7月4日(土曜)、葛城市民体育館で「差別をなくす市民集会」を開催しました。講師として、やなせ ななさんを迎え、「いのちと心を伝える愛の歌」と題して講演いただきました。やなせさんは、30歳で子宮体ガンを克服した経験と、僧侶という視点を生かし、いのちを題材とした歌を数多く制作されています。人の生き死にをテーマに、歌の映像を交えてお話いただき、いのちの尊さについて改めて考えることのできる市民集会となりました。

 新型コロナウイルス感染症対策のため、会場に参加いただける人数の制限を行ったため、当日披露された歌の動画と歌に込められたメッセージを紹介します。

演題 いのちと心を伝える愛の歌

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  1. 誓い  
  2. おやすみ
  3. まけないタオル
  4. 春の雪  

1.誓い 作詞・作曲 やなせ なな(CD『あいのうた』収録曲、2005年)

誓い<YouTube・外部リンク>

歌詞

さむい夜は あなたが
こごえていないか しんぱい
ふるえる その なつかしい手に
いつも触れていたい すぐそばで


そう願うわたしの
想いつたえる かわりに
高く 遠く 輝く月に
誓うよ これからは


かろやかに時を超えた
あの日のように
わたし 遠くに行くけれど
忘れないで ずっと


あなたが望むなら
わたしは空にもなれるよ
いつも いつまでも ここに
遠くから 呼びかけて


さむい夜は あなたが
こごえていないか しんぱい
ふるえる その なつかしい手に
いつも触れていたい すぐそばで


あなたが望むなら
わたしは海にもなれるよ
いつも いつまでも ここに
遠くから 呼びかけて


どんな時も あなたの
しあわせ祈る
もう いない いつでもそばに
だから そばにいられる


誓うよ いつまでも

メッセージ 

 この曲を書いたきっかけは、友人のお姉さんの死でした。
当時私は、大学を出て2年、25歳くらい。友人のお姉さんは、ご自宅の布団の上で、餓死されたそうです。病名は拒食症。友人は、家を出て一人暮らしをしながら働いていたので、お姉さんの様子がおかしいことはずっと気になっていたのに、自分の生活に精一杯で、何もできなかった、ということでした。
当時の私は、涙を見せる友人にかける言葉が見つからず、やり場のない気持ちを、家に帰って歌にしたのがこの曲です。
歌詞は死んでいく人の気持ちを表しています。残された家族が悲しむ姿を見たら、どう思うかということを想像したと同時に、命はたとえ死によって遠くに行ってしまっても、残された人が思い出し、手を合わせるその時、そばにいるんだと伝えたいと思いました。

 

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 2.おやすみ 作詞・作曲 やなせ なな(CD『願い』収録曲、2009年)

おやすみ<YouTube・外部リンク>

歌詞

泣かないで 泣かないで
夜更けの窓の外
まんまるのお月さま
やさしく微笑んだ


ぎゅっと抱きしめてあげるけど
ママは“かみさま”じゃないから
君がかなしいときには
いっしょに泣きたくなるんだ


おやすみ おやすみ
君はひとりぼっちじゃないよ
おぼえていてね
いつか おとなになっても


おやすみ おやすみ
どんなことが起きても
ずっと 君の味方だから
だいじょうぶ
そばにいるよ


ぎゅっと抱きしめてあげるけど
誰も“かみさま”じゃないから
どんな苦しいことだって
最後は ひとりで背負うんだ


おやすみ おやすみ
みんな孤独を生きている
それでも こうして
誰かを愛することができる


おやすみ おやすみ
君はひとりぼっちじゃないよ
おぼえていてね
たとえ 遠く離れても


そばにいるよ 

メッセージ 

 2005年、29歳の時に私の体に癌が出来ました。
それまで病気はしたことがなく、元気でしたが、ある時からどんどん痩せ、同時に月経の量も増えて止まらなくなりました。病院を受診したところ、告げられた病名は、子宮の奥にできる、子宮体がんというものでした。治療のために卵巣2つと子宮を全部摘出しました。
幸いにもがんは初期で、命は助かりましたが、未婚で出産経験のなかった私には厳しい体調になり、ずいぶん落ち込みました。しかし、音楽活動の中で同じ病気を経験している人たちと出会い、励まされました。
苦しみは、誰かに代わってもらうことはできません。「私」の苦しみは、「私」だけのもの。みなさんが出会うつらいことは、みなさんそれぞれが、たった独りで耐えていかなければならないことです。とっても孤独で寂しい人生です。でも、だからこそ、支え合おうとするのだろう、とも思います。
そんな中、「お母さん」の気持ちを描いた歌を作りました。みんな孤独を生きている、ひとりぼっち同士。だから支え合う、そんな思いを伝えています。 

 

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3.まけないタオル 作詞 早坂 文明・作曲 やなせ なな(CD『春の雪』収録曲、2013年)

まけないタオル<YouTube・外部リンク>

歌詞

まけないぞ まけないぞ 首にも頭にも
まけないタオル 半端じゃないぞ


泥にまみれて 明日が見えなくなっても
まけないタオルが 拭ってくれる
ほら 笑顔と一緒に明日が来るのさ


まけないぞ まけないぞ 夕陽にまけない
紅い血潮が 流れている限り


涙で曇り あなたが見えなくなっても
まけないタオルが 拭ってくれる
ほら 想い出探しあなたを忘れない


まけないぞ まけないぞ 風にもまけない
愛の息吹が 漲っている限り


まけないぞ まけないぞ 首にも頭にも
まけないタオル 半端じゃないぞ


うつむかないで みんなで希望の雲つかむ
まけないタオルを 空に投げ上げて
ほら 拍手が響く新しい舞台に


まけないぞ まけないぞ 大樹にまけない
根っこのこころ 揺るぎはしないから


まけないぞ まけないぞ 首にも頭にも
まけないタオル 半端じゃないぞ


まけないぞ まけないぞ
まけないぞ まけないぞ
まけないぞ まけないぞ
まけないぞ まけないぞ

メッセージ

 私は東日本大震災の被災地支援活動に携わりました。「まけない!タオルプロジェクト」というものです。被災地にタオルを配り、その製造費を支援してくださった方々にもタオルをプレゼントする、製造費を引いたお金は義援金として寄付するというものです。タオルは特注で、普通のタオルよりも30センチくらい短く作っているので、例えば首に巻いてもきゅっとまけない、結び目を作ることができない。頭に巻いても、巻けない、寸足らずのタオルです。これは「巻けない」=「負けない」、つまり「まけないタオル」とは、巻くことができないからこそ、震災にも負けないのだ、という駄洒落のタオルです。青い空に白い雲を描いたデザイン、一つ空の下みんなでがんばっていこう、という願いをこめて、募金によって作り始めました。
私は奈良県民ですが、シンガーソングライターとしてデビューした当時から福島・宮城には毎年のように何度も歌いに行っていました。支援者やお世話になった人、お客さんなど、知り合いがたくさんいらっしゃいました。ですからあの地震が起きた時、何かできることをしたい、という気持ちが芽生えました。
知り合いだった山形県の和尚さんが「“まけないタオル”というものを思いつきましたが、誰か作れる人はいませんか、私と一緒に募金を集め、タオルを配りに行ってくれる人はいませんか?」とインターネットで全国に呼びかけておられることを知り、たまたま親戚が大阪でタオル製造業を営んでいましたので、この呼びかけに参加したいと手を挙げました。
活動の中で、宮城県山元町の和尚さんである早坂文明さんが詩を書かれたものに、私が曲をつけてテーマソングにすることになりました。それがこの曲です。 

 

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4.春の雪 作詞・作曲 やなせ なな(CD『春の雪』収録曲、2013年)

春の雪<YouTube・外部リンク>

歌詞

今にも 君が その扉を開けて
「ただいま」って笑顔で 帰って来るような気がして
見つめる先に広がる ふるさとの海
あの日と同じように降る 春の雪


いつもと変わらず テーブルをはさんで
何を食べていたのかさえ もう忘れてしまった
つけっぱなしのテレビから 流れていたのは
底抜けに明るい コメディアンの笑い声


ずっと ずっと そんな いとおしい日々が
当たり前のように 続くと思ってた


最後になるって わかっていたなら
話したいこと たくさん たくさんあったのに
見つめる先に もう 君はいない
あの日とおなじように 春が訪れても


流されて消えた 街の中にたたずみ
どこを歩いて来たのかさえ もうわからなくなった
やっと見つけた 君の生きていた証に
涙は流れなかった 信じたくもなかった
 

そっと そっと 手を合わせ見送っても
さよならなんて 言えない
言えないよ


今でも 君に 想いは届くかな
ことばを からだを すべてを 失っても
見つめて わたしを どんなに遠く離れても
ここで ひとり 生きているから


今 君が わたしの心に
「ただいま」って笑顔で 帰って来る
見つめる先に眠る いくつもの いのち
おかえり と こたえるように降る 春の雪


おかえり と こたえるように降る 春の雪

メッセージ

 震災支援活動の中、ご遺族を前にコンサートをさせていただく機会もありました。
その中で、少しずつお聞きしたご遺族のお話をつなぎ合わせて、追悼曲を作りました。それがこの歌です。

 

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やなせ なな さん プロフィール 

 

やなせ なな 画像

 シンガーソングライター・浄土真宗本願寺派教恩寺住職。

 1975年、奈良県の寺院に生まれる。
2004年5月、シングル『帰ろう。』でデビュー。30歳で子宮体ガンを克服した経験と、寺院で暮らす僧侶という視点を生かし、生死の苦悩の先に広がる救いの光、いのちのぬくもりを伝える楽曲を数多く発表。

 包容力あふれる歌声と美しいメロディ、慈しみに満ちた唯一無二の世界観が持ち味で、年代・性別を超えた幅広い層から確かな支持を獲得している。 

 

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