火振山古墳(ひふりやまこふん)

火振山古墳   

説明

 葛城市内では第3位の大きさを誇る前方後円墳(全長95m)です。かつては神塚古墳と呼ばれていましたが、地元での呼び名にしたがいこの名称にもどされました。

 作られた時期は、古墳時代中期後半(西暦450年~500年)頃と考えられています。時期や古墳の大きさなどから、古代豪族葛城氏の墓の一つと考えられています。

 火振山古墳の火振山とは、文字どおり「火を振る山」という意味です。これは古墳時代より後の飛鳥時代の頃、この古墳の上に明日香の都を防衛するために設置された、のろし台のようなものがあったからと推測されます。

所在地

葛城市南藤井

アクセス

近鉄新庄駅より西へ徒歩約25分


大きな地図で見る