海積神社 ■わだつみじんじゃ
■鎮座地:葛城市太田602番地
■祭神:海積豊玉彦命
■太田の集落の東端に鎮座し、古くより大字太田の氏神だが、すぐ南に隣接した旧新庄町大字久保の人たちからも、厚い信仰を集める。境内の石灯篭や石鳥居、狛犬などには江戸時代に奉納されたことを示す年号が刻まれ、神社の歴史を物語る。

■7月1日、葛城市太田の海積神社でいちはやく夏祭りが行われました。この宵宮祭りを、地元では「ボロソ」という変わった名称で呼んでいます。かつては小麦餅を酢で練ったものを神前に供え、これをボロソと称したとも言われています。

石灯籠の灯     神事
石灯籠に灯がともされ、厳粛な雰囲気
 
  午後7時過ぎ、おごそかに神事が始まりました
氏子の仲間入り   祈祷
今年生まれた赤ちゃんもお参りして、氏子の仲間入りをします。「健やかに育ちますように。」   参拝者は一人ひとり、「シャンコシャンコ」をしてもらいます。祈祷するのは長尾神社の吉川宮司

■この神社には人身御供の伝説が伝えられています。世話役を務める土井重行さんに、お話を語っていただきました。
「昔、この辺りの土地を狒々(ひひ)が荒らしたんで、毎年村では、娘さんを一人ずつ人身御供に差し出して、狒々を鎮めていたんやそうです。あるとき、それを知ったある豪傑が狒々を退治して、その亡骸を埋めた土地が『猿墓(サルバカ)』。今でも小字名として残ってますねんな。それから後も娘の代わりに、小麦を酢で練った餅を供え、お参りをするようになったのが『ボロソ』の始まりと言われてるんです」

■田畑に囲まれひっそりと木立の中に鎮座する海積神社。とてもそんな怖い人身御供の伝説とは結びつきません。また、なぜ「ボロソ」と呼ぶのか・・・。いくつかの不思議を秘めたお宮さんも、かつては堂々たる社格を持ち、秋祭りには伊勢大神楽も奉納され賑わったとか。その頃を懐かしむ年配のかたも、今はもう少なくなっています。