中将姫(ちゅうじょうひめ)

中将姫は、奈良時代の右大臣藤原豊成(ふじわらのとよなり)の娘で、幼くして母を失い、継母に育てられました。姫は継母から嫌われ、幾度も命を狙われ続けました。しかし継母を恨むことなく、万民の安らぎを願い「写経」や「読経」を続けました。そして姫の願いにより當麻寺に入り、當麻曼荼羅(西方極楽浄土のようすなどを表した図。)を織ることを決意し、百駄の蓮糸を集めて蓮糸を繰り、これを石光寺の井戸に浸すと五色に染まりました。その蓮糸を使い、一夜で一丈五尺(約4m四方)もの曼荼羅を織り上げました。姫はその後も現世浄土の教えを説き続け、29歳の春に生きながら極楽浄土へ成仏したと伝えられています。