葛城市の酪農の歴史は、大正初期から始まりました。大正11年には、当時の忍海村長辻本正兵衛さんを中心に忍海酪農組合が設立されました。
以来、牛乳処理場を作り、奈良市や大阪市に販売所を作るなど搾乳以外に積極的に取り組みました。
昭和26年に、牛乳処理場と小売販売権を森永乳業株式会社に譲渡し、乳牛飼育に専念するようになりました。
その後も発展を続け、昭和37年には酪農家数が80戸になり、昭和60年には乳牛が1400頭を越えました。
そのなかでも、山田集落は朝日農業賞を受賞しました。
現在では、規模拡大が進み20戸の酪農家で乳牛約1000頭を飼っています。

乳牛が草を食べているように見えますが、実はベニヤ板で作りました。
県道御所香芝線(通称山麓線)沿いにいます。