墨書土器「井部」と井真成

更新日:2021年03月01日

井真成の故郷についてもう一つの考え方

竹内遺跡(旧當麻町1989年調査)から出土した奈良時代の土器の中に、3点の墨書土器がありました。赤外線写真撮影などの結果、1点は「井部」、もう1点は「井」の一部分であることがわかりました。
「井部」という名称について、文献上例はありません。
墨書土器の内容は、通常役所の施設名や職掌名、さらに氏族名が含まれるとされています。字の意味から第一に考えられることは「井」の「部」、つまり井戸の掘削、あるいは用水管理などを職掌する集団の名称でしょう。
しかし、こういった職掌集団としての部や部民は、公地公民の制が施行された後、新たな政治体制の中で再編されたとみられ、奈良時代には単なる職掌集団の名称ではなく、そういった背景をもつ氏族集団の名称となっていた可能性が考えられます。つまり、「井部」とは「井部」氏もしくは「井」氏と呼ばれる集団をさす言葉につらなるものと考えることが可能です。古代日本において、一字の姓というのは稀です。今回「井部」と表記したものが出土していますので、これが氏族などの集団名称であるならば、表記の上では「井部」としていたと考えるのが妥当でしょう。しかし、飼部(うまかい)のように、部を書いていながら読まない例もあります。同じ考え方で、「井部」と書いて「い」としか読まなかったとの仮定も可能ではないでしょうか。
本資料の出土した地点は、竹内遺跡内で竹内街道の大和側出口付近にあたります。平城京に都がおかれていた頃(8世紀前半)の土器が大量に出土しており、墨書土器もその中に含まれていました。遺跡の性格は判明していませんが、街道の出入口付近という立地状況から、何らかの官営の施設があった可能性を考えることができます。ただし、関(関所)といった施設を当該箇所に設置したとの記録は見られず、確定することはできません。
この場所から約1.2キロメートル西側に離れた、平石越と呼ばれる、竹内街道に合流する旧街道沿いに三ツ塚古墳群が立地しています。6世紀末から7世紀末にかけての古墳13基のほか、8世紀前半には火葬墓、9世紀前半以降の木棺墓、火葬墓などが断絶をともないながら営まれています。
この三ツ塚古墳群内からは、中国大陸産あるいはその影響を受けたとされる革袋が出土しています。この皮袋については、唐代の衣服規定にある「ばんのう」に相当すると考えられています。三ツ塚古墳群を造営していた集団が、対外交渉に関わる人物を輩出していたことを示す資料として注目できます。
「井部」氏もしくは「井」氏の存在と、中国大陸に起源を持つ遺物の出土。ここで、昨年中国で墓誌が発見された日本人留学生(遣唐使)の井真成が思い出されます。
井真成の姓である「井」については、

  1. 中国皇帝によって与えられた姓であるという説
  2. 「藤井」氏の「井」の字をとったという説
  3. 「井上」氏の「井」の字をとったという説

などが、代表的な考え方とされています。渡来系氏族である「藤井」氏、「井上」氏が本拠地を構えていたとされるのが大阪府藤井寺市付近で、昨年は里帰りを実現するなど大きな盛り上がりを見せました。
今回、整理の過程で再発見された「井部」の墨書は、前述のとおり、「井」の字をもつ新たな氏族集団の存在を提起するものだと考えます。また、解釈によっては「井」氏が存在した可能性をしめしており、井真成の出自問題を解決してしまう可能性もあるでしょう。
その中で、三ツ塚古墳群出土の革袋の存在は、示唆的であるといえないでしょうか。革袋の出土した木櫃改葬墓の帰属時期は、現在のところ7世紀後葉と考えられており、井真成の遣唐使派遣時期との整合性はありません。三ツ塚古墳群出土の革袋が大陸産だとしてもこれを持ち帰った人物はほかにいます。しかし、そういったことを可能としていた集団が、葛城市竹内界隈に本拠地をおいていたことは間違いありません。その中で、今回の「井部」の墨書土器の再発見がされました。
ただちに井真成の出身地を葛城に求めるわけではありませんが、想像をたくましくすれば、そういった素地のもと育った井真成が、遣唐使を目指したと考えることもできます。現在、井真成の出身地は藤井寺市に決定した観がありますが、この資料がしめす可能性を、議論の俎上にあげるべきではないかと考えます。

墨書土器「井部」

「井部」と皿の外面底部に墨書された土器と復元された墨書の写真
  • 墨書「井部」は、土師器(はじき)皿の外面底部、中心部分に書かれている。
  • 土器は、8世紀前半のものと考える。
  • 土器の大きさは、直径16.5センチメートル、高さ3.9センチメートル。
  • 文字は1.8×2.5センチメートルの範囲に2文字書かれている。

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