海積神社のボロソ

更新日:2021年03月01日

正面の軒先に灯がともった提灯が並べ吊り下げられている海積神社拝殿の写真
  • わだつみじんじゃ
  • 鎮座地:葛城市太田602番地
  • 祭神:海積豊玉彦命
  • 太田の集落の東端に鎮座し、古くより大字太田の氏神だが、すぐ南に隣接した旧新庄町大字久保の人たちからも、厚い信仰を集める。境内の石灯篭や石鳥居、狛犬などには江戸時代に奉納されたことを示す年号が刻まれ、神社の歴史を物語る。

7月1日、葛城市太田の海積神社でいちはやく夏祭りが行われました。この宵宮祭りを、地元では「ボロソ」という変わった名称で呼んでいます。かつては小麦餅を酢で練ったものを神前に供え、これをボロソと称したとも言われています。

正面の石灯篭に灯がともされた本殿を参拝者たちの写真

石灯籠に灯がともされ、厳粛な雰囲気

本殿を前で御幣を手に神事を行う宮司の写真

午後7時過ぎ、おごそかに神事が始まりました

拝殿内で赤ちゃんを抱いて祈祷を待つ参拝者の写真

今年生まれた赤ちゃんもお参りして、氏子の仲間入りをします。「健やかに育ちますように。」

拝殿内で神楽鈴を手にした吉川宮司から祈祷を受ける参拝者の写真

参拝者は一人ひとり、「シャンコシャンコ」をしてもらいます。祈祷するのは長尾神社の吉川宮司

この神社には人身御供の伝説が伝えられています。世話役を務める土井重行さんに、お話を語っていただきました。
「昔、この辺りの土地を狒々(ひひ)が荒らしたんで、毎年村では、娘さんを一人ずつ人身御供に差し出して、狒々を鎮めていたんやそうです。あるとき、それを知ったある豪傑が狒々を退治して、その亡骸を埋めた土地が『猿墓(サルバカ)』。今でも小字名として残ってますねんな。それから後も娘の代わりに、小麦を酢で練った餅を供え、お参りをするようになったのが『ボロソ』の始まりと言われてるんです」

田畑に囲まれひっそりと木立の中に鎮座する海積神社。とてもそんな怖い人身御供の伝説とは結びつきません。また、なぜ「ボロソ」と呼ぶのか…。いくつかの不思議を秘めたお宮さんも、かつては堂々たる社格を持ち、秋祭りには伊勢大神楽も奉納され賑わったとか。その頃を懐かしむ年配のかたも、今はもう少なくなっています。

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